かんなみ新地と誘引建築群

かんなみ新地

見た目は戸建て住宅の集合体ですが、ファサードには異様な数の室外機が現れた中に多くの部屋があることがわかります。

大阪界隈の他の新地は旅館や料亭など、業態を変え、営業しているが、かんなみ新地は見た目が普通の住宅で店ごとの看板や名前が無い。

かんなみ新地には「ちょんの間」というのがあり、

飛田新地が代表的で、「ちょっとの間に行為をする場所」を指している。飲食と2面的な商売が生まれていたわけである。

1956年に売春防止法施行後、料亭や旅館などに業態を変えて今も各地で営業している形態で、戦後のドサクサが生み出した雅な場である。

建築形態は広島や新宿歌舞伎町、地方都市の駅前旅館などでも見ることができる1間半の間口の店舗が集合した建築群で、客に見せるための高さ、色彩、開口部、距離感が誘引的である。

また、戦前の一般的な長屋建築が再開建に建て増しされたような形態は戦前戦後の限られた時間の中で共同体としてつくりあげた最小限の空間だったのだろう。

このような戦後ドサクサの建築群は1980年代以降、大都市から少しずつ消えつつあったが、駅から外れた商店街の端に追いやられたような集合体はかんなみのように今も強く残っているのである。

 

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かんなみ新地断面図

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